「クィア・ベイティング(queerbaiting)」という言葉があるそうだ。
クィア・ベイティングは搾取か、それとも進歩の表れか|NEWS JAPAN
「queer」というのは、ここでは非異性愛(具体的には、同性愛または両性愛)のこと。「baiting」というのは“釣り”。
ようするに、「同性愛」とあえて明確に規定しないでおきながら、あからさまに「同性愛」をほのめかす表象を用いることで、同性愛当事者、あるいは同性愛表象を好むユーザーを惹きつけよう(釣ろう)とするといった、ややこしいが、ありふれた商業戦略を示す言葉である。
日本では、いわゆる「百合営業」がそれに該当するだろうか。私自身、女性アイドルなどが女子同士で絡み合ったりしている画像をネット上で見かけると、つい右クリック保存してしまうていどには日常的に“釣られ”ている。
とはいえ「百合営業」を手放しで賛美する気にもなれないのは、そのようなあからさまに「同性愛」を連想させる表象を用いる一方で、当人たちはガチの「同性愛者」ではないというお約束(暗黙の了解)があるためだろう。ともすればそれは保毛尾田保毛男に象徴される、ホモフォビアに根差した「ホモネタ」の類と見分けがつかない。
もっとも芸能人、とくにアイドルが、自身の性的指向を明確かつ対外的に表明することはあまりない(その意味で、後述する馬場ふみかがリンク先の記事に出したコメントは珍しい。もっとも彼女はアイドル枠ではないのかもしれないけど)。そこへきて、彼女たちが「異性愛者(非同性愛者)」であることを自明とする議論は、むしろ異性愛至上主義の内面化を露呈してしまいかねない。
また、それこそ「クィア理論」の文脈においては、そのような非異性愛の《可能性》を示唆することが、ともすれば《人間の性的指向は常に流動・可変する》といった政治的イデオロギーやプロパガンダにも結び付けられがちだ。しかしそれはそれで、他人のセクシュアリティを自分の言いたいことのために利用している感が否めず、鼻白んでしまう。
いずれにせよ「百合営業」についてそれほど目くじらを立てる必要はないだろう。同性愛者の方々に失礼! と目くじらを立てるのも、性的指向の流動性ガーなどと過度な期待や意味性・観念性を求めるのも、どこか頭でっかちな気がする。
が、それを「作品」という形で世に問うとなれば、話は別だ。
馬場ふみか・小島藤子 共演!野島伸司が描くFODオリジナルドラマ『百合だのかんだの』配信決定!|ACTRESS PRESS(※強調は引用者)
https://actresspress.com/drama-yuridanokandano/
【野島伸司(脚本)からのコメント】
「今回の作品については、 女性同士の恋愛を描くつもりは全くありませんでした。 離婚や仕事で忙しく彼氏を作らない女性が増えている中で、最後には女性同士で一緒に暮らそうなど、男女の関係が限界にきているように感じます。本質的には分かり合えない、生き物が違うものといるより、分かり合える種族と一緒にいた方が有意義じゃないか。女子がトイレに手を繋いでいくことの延長であり、イイ男がいたらみんなで共有するくらいあってもいいんじゃないかと思います。(後略)」
タイトルからして「百合」というキーワードを掲げておきながら(しかも馬場ふみか演じる主人公の名前も【篠原百合】……)、脚本の野島伸司は《女性同士の恋愛を描くつもりは全くありません。》と言い張る。そのあざとさこそ「クィア・ベイティング」の典型であろう。
『おっさんずラブ』のヒットに遅ればせながら便乗した感がアリアリと伝わってくるが、『おっさんずラブ』が「ラブ」と明確に自己規定しているのに対し、女性同士の関係性を描く実写ドラマは、いまだに《友達以上恋人未満》で足踏みしているようだ。
マンガの分野では、女性同士の「恋愛」をポジティブに描く「百合作品」などけっして珍しくないのに、実写のドラマや映画(さらには文芸)は元号が変わろうとする最中にも新時代を迎える兆しが見えないのは、どうしたことだろう。
両者間の非対称は、「百合」という概念がすでに浸透・認知されているマンガ業界とは異なり、女性同士の恋愛(を明示または暗示する表象)を、未だにセンセーショナルなネタとしてしか扱えないドラマ業界の旧態依然とした体質を浮き彫りにしているかのようだ。
そして何よりも《イイ男がいたらみんなで共有するくらいあってもいいんじゃないかと思います。》という野島伸司のコメントからは、女性同士の連帯を肯定するというより、そこに男(である自分)が混ざりたいという意識がダダ漏れである。
このようなものには、さすがに“釣られる”気にならない。
P.S.
なお、NHK総合で今週金曜日(4月19日)から放映される連続ドラマ『ミストレス~女たちの秘密~』では、大政絢演じる異性愛者の既婚女性がレズビアンに恋をするという筋書きで、そのレズビアンの役を篠田麻里子が演じるのだという。むしろこちらのほうが期待できそう?