百錬ノ鐵

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『聲の形』に寄せる障害者への「幻想」と、障害者の「萌えキャラ化」

本日『聲の形』のアニメ映画版が民放(日本テレビ系列)のゴールデン枠で放映されるとかで、世間ではふたたび注目を集めているようだ。

私はこの作品に批判的な立場であるが、作品の内容自体もさることながら、うんざりさせられるのが作品を支持・擁護する者たちの語り口である。それらは作品の支持・擁護にとどまらず、作品の「本質(と自分たちが考えるもの)」を理解しようとしない「無知蒙昧な輩(と自分たちが決めつける人々)」に対する優越意識が織り交ぜになった明確な悪意が露骨に表れている。

アニメの中の障害者キャラクター|ダブル手帳の障害者読み物

https://double-techou.hatenablog.com/entry/2018/09/21/070000

 アニメにおける障害者の扱いを考える上で大変示唆的なのが映画「聲の形」である。聴覚障害者のヒロイン西宮硝子の内面は非常に分かりにくい。考えれば考える程、何を考えているか全く分からないキャラである。ところが、周りの健常者のキャラクターはそんな硝子から勝手に思い思いの分かりやすいメッセージを読み取り、いじめたり、怒ったり、泣いたり、同情したり、好きになったりと大わらわである。障害者自身が何も言ってないのに、周囲の健常者が勝手に本人の意思を読み取って本人そっちのけで大騒ぎするというのは現実でも頻繁に起こることである。実際、この映画をめぐっては「感動ポルノか否か」「障害者差別か否か」という議論が当の聴覚障害者そっちのけで白熱した。「聲の形」はそうした現実を端的に戯画化した秀逸なメタ批評的コメディ映画と言えるだろう。

まず聴覚障害者のヒロイン西宮硝子の内面は非常に分かりにくい。》というのは大間違いで、実際に【硝子】はノートを通して「友達になりたい」という「メッセージ」をストレートに、これ以上ないくらいに“分かりやすく”示している(それ以上の「内面」の深読みは下衆の勘繰りにすぎない)。むしろその声なき「メッセージ」に耳を傾けようとせずノートを池に放り込むのが主人公の【将也】である。

しかし【将也】はその後改心したとかでボロボロになった(というか自分でボロボロにした)ノートを持って【硝子】の元を訪れ、【硝子】も【硝子】でそれをあっさりと許してしまう。同作に寄せられる《感動ポルノ=障害者差別》という批判は、そのような御都合主義に向けられたものである。換言するなら、それはマジョリティの罪を赦すマイノリティという「幻想」でありステレオタイプなマイノリティ像の再生産に他ならない。

また「幻想」ということであれば《議論が当の聴覚障害者そっちのけで白熱した。》という物言いは、ようするに「差別」であるか否かを決めることができるのは「当事者」だけであるという、差別問題に無知な人々が陥りやすい「当事者原理主義の典型であり、言い換えるなら「当事者」であれば誰しもが「差別」について的確にコメントできるはずという「幻想」の裏返しでしかない。

だが言うまでもなく被差別の「当事者」であっても差別問題について正確に学び、相応の知識を習得しなければ「差別」について的確なコメントを発することはできない。それは障害の当事者――もっともブログ主は《身体障害1級(脳性麻痺)・精神障害3級(発達障害)》とのことなので聴覚障害に関しては「非当事者」である――であっても差別表現について正確に学び、相応の知識を習得しなければ的確な評論を書くことができないのと同様だ。

 さて、私はこの「聲の形」のストーリーやそれを巡って巻き起こった議論の中にこそ、アニメに障害者が出てこない理由が隠されているように思う。つまり、障害者を登場させると、望むと望まざるとに関わらずそこに勝手に文脈が付与されてしまう。周りのキャラも視聴者もそれに振り回され、ストーリーと関係ないところで盛り上がってしまう。「キャラクターのうちの一人」にとどまることができず、作品全体を引っ掻き回してしまう。特段障害をテーマにしていない作品にとってそれはマイナスにしかならない。だから理由もなく障害者を登場させることはできず、登場する際には何らかのエクスキューズを付け、その中にキャラの影響力を封じ込めなければいけないのである。

さて、はたして『聲の形』の作者は「ストーリー」や「文脈」とまったく無関係に、ただなんとなく気まぐれで「障害者」を登場させた(=ヒロインの【西宮硝子】を「聴覚障害者」に設定した)とでも言うのだろうか。《障害者を登場させると(中略)周りのキャラも視聴者もそれに振り回され、ストーリーと関係ないところで盛り上がってしまう。》という問題の事例として『聲の形』を挙げることは適切だろうか?

聲の形』は少年誌の読み切りの時点から《「すばらしい!」「でも載せていいのか!?」編集部に激論を巻き起こした、余りにみずみずしい青春!》との煽り文句のとおり《障害者差別》というある種のタブーを露悪的に扱うことで世間の耳目を集めようとする“あざとさ”が鼻につく作品であった。

もっとも、それすら「編集部」が“勝手に付与”した「文脈」であり作者自身の「望む望まざる」とは無関係という言い分もあろうが、そのような作品の「影響力」について作者が無自覚であったというなら、それこそクリエイターのプロ意識を読者が舐めてかかっているとしか言い様がない。

 私には夢がある。一つ目は、きらら系アニメの登場人物に障害者枠を設けること。障害者の日本国民に占める割合は約7.4%である*1。この現実をアニメに反映させるならば、きらら系アニメの1作品あたり平均登場人物数を仮に7人程度とすると、2作品に1人は障害者キャラが登場せねばおかしいということになる。当然障害者キャラに対しては合理的配慮義務が生じるから、例えば車椅子のキャラがいる場合はきららジャンプなどもってのほかである。厳しすぎると感じる方もおられるかもしれないが、芳文社が持つ社会的影響力の大きさを考慮すればこの程度の道義的責任は引き受けて然るべきだろう。共生社会の実現に向け、きらら系アニメにもダイバーシティを取り入れることを求めたい。

《障害者を登場させると(中略)周りのキャラも視聴者もそれに振り回され、ストーリーと関係ないところで盛り上がってしまう。》という問題提起の後に、これである。正直、頭を抱えてしまう。

けいおん!』『こみっくがーるず』などの「きらら系アニメ」に象徴される、いわゆる「萌えマンガ」の問題として、まっさきに上げられるのが《性的消費》だ。

ようするに「萌えマンガ」は美少女の表象を通して、マジョリティの異性愛者男性がマイノリティである女性を“性的に消費”するという現実社会の《女性差別》の構造を強化するものであるという指摘が、フェミニズムの「文脈」でなされている。

けいおん!』に「政治的正しさ」を押しつける意識のお高い馬鹿ども

https://ossie.hatenablog.jp/entry/20150608/p1

ブログ主が提唱する障害者の「萌えキャラ化」は、そのような《性的消費》の構造に障害者の女性を巻き込むものであるとして非難を浴びることは必至だ。

げんに『聲の形』をめぐっては、ヒロインの【西宮硝子】の人物像がステレオタイプな美少女キャラクター――内股でヒョコヒョコと歩くなよなよとした仕草やはにかんだ表情、非現実的なピンク色の髪、寡黙(重度の聴覚障害者なのだから当然だが)で神秘的な「綾波系」――として造形されることで、とくに異性愛者男性の「障害者の彼女が欲しい」などという浅ましい性欲に収斂されかねない問題が、上掲ブログ記事の1年前以上前に提起されている。

聲の形を見て「耳の聞こえない彼女が欲しい」と感想を持つことは倫理的に問題か

https://togetter.com/li/1108958

もっとも「性」も「消費」も本来は人間の健全な社会活動であり、それ自体を《性的搾取》と短絡するような飛躍した「ポリコレ至上主義」には注意が必要である。しかし、そうであればこそ障害者の「萌えキャラ化」などという“消費”のあり方については、それを戒める評論が求められるはずだ。

* * *

ところで私自身は「当事者原理主義」に批判的な立場であるけれど、ブログ主は《当の聴覚障害者そっちのけ》の議論がお気に召さないようなので、蛇足ながら「当事者」の感想を貼っておく。

求めていたのは和解ではなく拒絶~普通学校で虐められた聴覚障害者が読んだ聲の形

https://togetter.com/li/459715

聲の形』を支持・擁護する者たちは、このような「当の聴覚障害者」の“聲”をどのように聞くのか。

たとえば小説家・評論家の山本弘は、この感想を元に『弱者が常に正しいわけじゃない』というエントリーをブログに投稿し、同作に批判的な「当の聴覚障害者」への反論を展開している(もっとも「読み切り版の結末」に関しては私と同意見のようだが)。『聲の形』を支持・擁護する者たちは「当の聴覚障害者」が議論に参加してきたところで、その“聲”が作品を支持・擁護するものでないなら聞き入れるつもりはないようである。

とはいえ(障害者を「弱者」と名状・規定してしまうことの問題はさておき)一般論として、私も「当事者」の見解が《常に正しいわけじゃない》という意見には同感である。しかし、だからこそ作品に不都合な「非当事者」の意見を《当の聴覚障害者そっちのけ》と切り捨てる一方で、作品に不都合な「当事者」の意見は《常に正しいわけじゃない》と無効化・相対化するといった体の良いダブル・スタンダードには釘を刺しておかなければならない。