百錬ノ鐵

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同性愛者差別を追認する「ファンタジー作家」の貧困な想像力~まえ葉『みこへんげっ!』 #きらら #まんがタイムきらら

るいなと幼馴染のらんは、幼いころからひそかに想い合っていた仲。でも親の意向でらんは別の相手との婚約が決まってしまい、心が悪鬼に巣食われて…。今回は、淡くてちょっとビターなお悩み解決をお届けします。

芳文社まんがタイムきららキャロット」では、ちょうど大正時代の「エス文化」をテーマにした、ちうね『紡ぐ乙女と大正の月』も連載されているけれど、

それこそ大正時代ならともかく、今時の女子が親の決めた許婚に逆らえないという設定は、いかにも時代錯誤で説得力に乏しい。

もっとも『マリア様がみてる』の【小笠原祥子】と【柏木優】のように、百合作品において「許婚」という設定が、百合を盛り上げるための“前ふり”として、しばしば利用されることはある。じじつ【祥子さま】と【柏木】は作中でついぞ恋愛関係には至らず、後に双方の意志で婚約を解消する。

そういったわけで、不安半分、期待半分といった心持で書店に足を運んでみたものの……

いやはや、じつに悪い意味で“衝撃的”な内容であった。

作者の「まえ葉(まえば)」は、おそらく本作『みこへんげっ!』が商業誌初連載となるアマチュアに毛の生えた程度の「新人作家」。このような形で取り上げることが、不本意にも宣伝となってしまうのではないか? という危惧もあるにはあるが、こうした稀に見る愚作が伝統ある商業誌に掲載されることは、一種の「出版事故」といっても差支えなく、今後の戒めとして記録に留めておく。

「神子(みこ)」と“契約”したことで、人の心に巣食うとされる「悪鬼」を追い祓う能力――具体的な名称はないようだが「まじない(呪い?)神子」という用語が出てくるので以下「呪術」とする――を身に着けた主人公の活躍を描くファンタジー漫画である。

主人公の友人【立藤るいな】は幼少の頃、同性の親友【小雀らん】からシロツメクサで作った“婚約指輪”を贈られ、以後「恋人」とは名乗らないものの相思相愛の関係を保ってきた。なお【るいな】はレギュラーメンバーだが【らん】の方は今号で初登場の新キャラのようだ。

【らん】の登場は唐突に思えるが、さらに【らん】は登場した直後、これまた唐突に、親が決めた婚約相手の存在を【るいな】に打ち明けるのである。

【らん】は《…もう決意はかためたつもりだったんだけど…》と言うが、婚約が不本意であることから、その心が「悪鬼」に“巣食われて”しまう。そこで【らん】は、初対面の主人公たちに《僕たちが結婚の約束をしたあの日を なかったことにしてほしいんだ…君たちに》と、これまた唐突な依頼をする。

家が《お金持ち》であり《婚約一つに複雑なことが絡んでる》とされる【らん】は《両親を説得しても僕の力じゃどうにもならなかった》という無力感から、強権的な親への抵抗をあっさり放棄してしまう。

あまつさえ一方の【るいな】も《私は らんの幸せを心から祝福できるるいなになりたい……! 》などと、男と結婚することが「女の幸せ」であるという凝り固まった保守的なジェンダー規範を疑おうとすらしない。

らん 両親を説得しても僕の力じゃどうにもならなかった だからせめて僕たちが結婚の約束をしたあの日を なかったことにしてほしいんだ……君たちに

えりか(主人公) !!

るいな ズビ…(洟を啜る音)

らん 今まで 将来はるいなと…って疑わず生きて来たんだ

らん こんな気持ちのままで婚約なんて 一番不誠実だと思うんだ

蝶(主人公の仲間) ランの実家 みんなで乗り込む…!

るいな 気持ちだけでも嬉しいわ つらいお願いをしてごめんなさい でも二人で話して決めたの 

るいな 私は らんの幸せを心から祝福できるるいなになりたい……! 

らん 今日までのるいなへの気持ちは確かに存在してる 僕はそれで十分だよ

らん お願いしてもいいかな えりかさん 蝶さん

らん これからも良い幼馴染でいようね るいな

るいな もちろんよ らん

えりか 二人の願いをかなえてあげよう みこへんげっ!

日本国憲法第24条では「婚姻」について《両性の合意のみに基いて成立》と規定されている。この「両性」という表記が、日本国内で同性婚の実現が妨げられる最大の要因となっているが(もっとも解釈は様々である)、

いずれにせよ当人の意志を無視して、親が子供に望まない結婚を強要することは、今日の感覚からすると《人権侵害》以外の何物でもない。

呪術に頼らなくても、そのような《人権侵害》に抗う手段は現実社会に存在する。当時者で解決できなければ、弁護士など法律の専門家の力を借りるのが妥当だ。すなわち本件は、呪術などの超常的領域ではなく、現実の法的手段によって解決すべき問題である。

それにも関わらず【らん】は、不幸にも人権感覚ゼロの無知蒙昧な作者によって創作されてしまったがゆえに、未成年の女子児童が親によって十代の内から望まない相手との望まない結婚を強いられるという令和3年の作品とは思えない時代錯誤の《人権侵害》に抗うための気力も知恵も、すべて奪われてしまった。

ちなみに【らん】は、両親に説得を試みたというが、それは台詞で語られるのみで、実際の出来事としては描写されない。婚約者の姿も名前も描かれない。婚約者の側にだって事情や思惑があるだろうに、そうした“複雑”な人間模様はいっさいカットされ、あたかも人間が背景の書き割りとして扱われている。よって上掲のように、あざとく感傷的に語られるエピソードでありながら読者はキャラクターに共感も感情移入もできない。

また主人公たちも主人公たちで、多少の逡巡は見せるものの、けっきょくは要求に応じ、【らん】と【るいな】の記憶を書き換える。

具体的には、幼き日に【らん】が【るいな】に送った花を、《ほんとのゆうじょう》花言葉とするゼラニウムに差し替えることで【るいな】の【らん】に対する恋愛感情までも抹消してしまうのである。

その後、同性の想い人を喪った【るいな】は「初恋」と称して男性のアイドルに片想いすることで異性愛者の少女へと生まれ変わり、めでたしめでたし……という陳腐極まりない異性愛至上主義のオチで幕を閉じる。

るいな 皆さんおはよーっ お休みはとっても楽しかったわね!

るいな そして伝えたいことがあるわ…立藤るいな…初恋です!

えりか え!?

るいな お相手はアイドルグループ レモンボーイズのリーダー 黄色山くんですっ 頼りがいがあるのに素直で愛らしくて…なんて表現するのかしら!?

えりか …可憐?

るいな それよっ! まさに可憐だわぁ!

編集者のコメント あの日の二人は、これからもえりかと蝶の心の中にいる。

なぜ【るいな】が不自然なまでに「可憐」という語彙にこだわるのかといえば、ページ欄外のキャラクター解説で【るいな】について《可愛いものや可憐な女の子が大好きなクラスメイト。(後略)》とある。【るいな】にとっては男性アイドルも“可憐”ということだが、そのような言葉のこじつけは既存のジェンダー規範を揺るがすものではなく、むしろ《男を愛し、男と結婚するのが「女の幸せ」である》というジェンダー規範・異性愛規範を無理矢理にも正当化する屁理屈にすぎない。

呪術という非現実的な手段を用いてはいるが、じつのところ同性愛者に対する“矯正治療”と何ら変わるところがない。

  • なお「きらら系萌え4コマ」の定石として、本作の女性主人公【崎えりか】も同性の仲間【遊木蝶】から想いを寄せられているが、いかに同性愛を肯定的に描こうとも、一方で同性愛者差別を追認する描写が存在するのであれば、それは《同性愛者差別に都合の良い同性愛》の肯定でしかなく異性愛規範を揺るがすものではない。

それにしても、百合作品が語られる際、

馬鹿の一つ覚えのように《「友情」と「恋愛感情」の間には明確な線引きなどない》《「感情」に名前は付けられない》とのたまう評論家気取りの馬鹿が石をどかした後の百足のごとく湧いてくるが(そのくせ「性欲」には名前を付けて「恋愛感情」と必死に“線引き”しようとする)、

そのような馬鹿たちは本作のような異性愛至上主義の物語をどう読むだろうか。

「感情」に名前は付けられるし、実際には《明確な線引きなどない》どころか「ゆうじょう」が同性への「恋愛感情」を否定するためのレトリックとして用いられている。

また俗に《百合はファンタジー》であるとも(揶揄交じりに)言われる。だが、ファンタジー作品であっても出来の良し悪しというものがある。

まえ葉『みこへんげっ!』は、せっかく呪術という非現実的なギミックを売りにしておきながら、やることといえば現実社会の同性愛者差別を無批判に追認するだけである。

許婚はさすがに時代遅れだが、レズビアンが世間体を気にする親から望まない異性との結婚を急かされたり、同性のパートナーと別れさせられたりといった同性愛者差別の事例は現実社会において事欠かない。

そのような現実に機能している差別構造の力学に対し、ファンタジー作家は自らの想像力を作品という形に変えて対抗することができる。

そこをいくと『みこへんげっ!』の作者は、作中の【らん】と同様に、そうした現実世界の不当な社会的・政治的圧力に何ら抗う素振りさえも見せず、ただ子羊のように唯々諾々と従うのみだ。作者の想像力の貧困さに呆れ返る。このような救いがたい代物はファンタジー作品としても下の下としか言い様がない。