百錬ノ鐵

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牧村朝子『百合のリアル』を読む(1)

『百合のリアル』(牧村朝子 星海社新書)

レズビアンをカミングアウトしている女性タレントの牧村朝子が、レズビアンを含めた、いわゆる「性的少数者」に関する様々な疑問について、架空のキャラクターによる会話形式で解説する。

かつてレズビアンは「百合族」とも呼ばれていたが、今日「百合」という用語はもっぱら女性キャラクター同士の恋愛を描くマンガなどの娯楽フィクション作品を指すものであり「レズビアン」の代名詞としては用いられていない。また、そうした百合作品においても明確な「レズビアニズム(レズビアンアイデンティティ)」が表現されることはむしろ稀だ。

もっとも『百合のリアル』を謳う本書の中では、そうしたマンガのジャンルとしての「百合」に関する言及は一切なされていない。しかし同性愛について概論的に解説した本の大半はゲイの男性によるもので、女性の同性愛についてはどうしても掘り下げが浅くなる。そこをいくと本書は、百合マンガをきっかけにして同性愛に関心を抱くようになった人にとって、やはりうってつけの内容と言える。

レズビアンの講師が、それぞれ異なるセクシュアリティをもつ4人の受講生を集めてレクチャーするという趣向で進んでいく。各章の合間に牧村のコメントを挟み、自身がカミングアウトするに至った経緯についても述べている。

森永みるくテイストの軽妙なタッチの漫画も挿入され、全体的に新書らしいライトな印象であるが、内容は他に類を見ないほど濃い。

一般に「性的少数者」といえばLGBT(レズビアン/ゲイ/バイセクシュアル/トランスジェンダー)に限定されがちだけれど、本書ではパンセクシュアル、アセクシュアルノンセクシュアル、デミセクシュアル、クエスチョニング、ヘテロフレキシブル……などについても紹介している。それもクィア系の難解な研究書ではなく、一般大衆向けの本でこれらの《セクシュアリティ用語》を取り上げているのは、私が知るかぎり本書が初めてだ。

その他にも歴史上に散見する《「男/女」以外の分類》や、医学において《同性愛治療法》と称して行われた実験の数々など、学術的な知識がじつに読みやすく整理されていて、資料性も高い。前書きで著者自身が述べているように、レズビアンの事柄に限定せず、人間のセクシュアリティを真摯に学びたいと考える人には絶好の入門書となっている。

一方、現時点の日本において同性愛者が抱えている生活上の困難にも言及した上で、それらを解決するための政治的手段を提言する。トリビア的な知識偏重に陥ることなく、地に足の着いた印象を受ける。

また語り口としては「モテ/非モテ」という何気ない言葉を通して、その背景にある「異性愛規範」の力学を、説教臭くない形で解き明かすことにより読者への間口を広げている。そして同時に「異性愛規範」の問題が、けっして“特殊”な人々だけの関心事ではなく、社会の基幹そのものをなす「構造」であることが見えてくる。

(2015年3月11日 追記)

現在、以上の評価を大幅に下方修正しています。

(続く)