百錬ノ鐵

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「百合作品」を“全否定”する榛名千紘『この△ラブコメは幸せになる義務がある。』は「電撃文庫」の汚点 #さんかくラブコメ

2022年3月10日、「第28回電撃大賞・金賞」を獲得した神奈士郎『百合少女は幸せになる義務があります』が『この△ラブコメは幸せになる義務がある。』に改題され(併せて作者の名義も「榛名千紘」に変更)、電撃文庫から刊行された。

それに先立ち1月7日、電撃文庫の公式サイト上で、各受賞作品の特設ページがオープンした。

dengekibunko.jp

特設ページ内では、作品の冒頭部分を発売前から試し読みすることができる。

なお、ここで作品の粗筋を再確認してみよう(引用は選評のページから)。

 平凡な高校生・矢代天馬はひょんなことから、クラスメイトでモデル顔負けの美少女・皇凛華が、品行方正なクラスのマドンナ・椿木麗良のことを溺愛していることを知ってしまう。クールな彼女の実態は、幼馴染の麗良ともっと仲良くなりたいが、素直になれずに空回りしてばかりのポンコツ少女だったのだ。
 仕方なく彼女と麗良の仲を取り持つ手伝いをすることになる天馬だったが、彼はナンパから麗良を助けたことをきっかけに、その麗良から猛烈に好意を寄せられるようになってしまい……!?
 ポンコツな彼女を応援するはずが、自分を巻き込んだ三角関係!? この三角関係が行き着く先は……!? 

http://dengekitaisho.jp/archive/28/novel2.html

“炎上”を受けてか、登場人物のネーミングの他にも、紹介文のニュアンスが若干異なっている。また本作を含め、受賞作品は出版に際して、本文も加筆修正するらしい。受賞時点の内容は、選考委員しか読むことができないので比較することは不可能だ。

しかしいずれにせよ、試し読みの時点から断言できることが一つだけある。

それは、本作が「百合」うんぬんを抜きに

男女の「ラブコメディ」としても、低俗極まる陳腐な代物でしかないということだ。

男子高校生の【矢代天馬】は、同級生の高飛車な美少女【皇凛華】が間違って机の中に入れた文庫本を開くと、それは百合小説であり、さらにはページの間に挟まっていた日記のようなものを読んでしまう。そこには【凛華】の、親友である美少女【椿木麗良】への愛が綴られていた。

秘めていた【麗良】への想いを、図らずも男性に知られてしまった男嫌いの【凛華】。ところが、どういうわけか【凛華】はその直後に突然、自分の服を脱ぎだし、ろくに面識もない【天馬】に肉体関係を迫る(!?)のである。

「ふ、ふふふ、フフフフ……思ってもみなかったわ。まさか私の純潔が、こんな男に……」
 漏れ出した不気味な笑いは決意か諦念か。
「お母さん、麗良、ごめんね……私、これから少しだけ、卑しい女になる」
「お前、さっきから何を……」
 よくわからない独り言をゴニョゴニョ呟く凛華は、流れる涙を乱暴に拭ってから凛々しく眉を上げた。そして、
「さあ、どっからでもかかって来なさい!」
(中略) 
「…………??」
 眼前の女がリアルにそんな奇行に転じれば、不可思議の一言に尽きる。シュールな沈黙が吹きすさんだのち、ハッと何かに勘付いた凛華は、
「そ、そう。わかったわ。まずは私から……そういうことなのね?」
「お、おい?」
 襟元にひっかけた指を乱暴に引き下げ、首のネクタイをしゅるりと解いた。はだけた服の隙間から色っぽい鎖骨が露になる。そのまま同じ指でシャツのボタンを上から一つ、二つ、順番に外していき、下着の形や柄が否応なく目に飛び込んでくる。
「待てよアホ!」
 叫んだのは、つんのめりそうな勢いで凛華の腕をつかんだ後。
「す、ストリップでも始める気か、お前!?」
 テンパりマックスの天馬に向け「かまととぶるんじゃないわよ、今さら!」濡れた瞳のまま心底ウザったそうに吐き捨てる女。
「ケダモノの考えなんて全部お見通しなんだから」
「は、はぁ?」
「どうせこれを機にじっくりたっぷり強請って、最終的には私を性奴隷にするつもりだったんでしょ? あーあー、男って本当に最悪。脳味噌が下半身に直結した最低の生物ね」
「誰がいつそんな要求をした!」
 ここはエロ漫画の世界じゃないんだぞ。真っ当な説教も今の彼女には届きそうにない。積層された理性の殻がもろくも剥がれ落ちる、そんな音を聞いた気がした。
「こっちはもう覚悟ができてるんだから。とっとと終わらせてくれる?」
「一方的に覚悟を完了するな!」
 思考回路が猪レベルに凝り固まっているらしい凛華は、じれったそうにスカートのホックへ手を伸ばす。させるかとばかりに天馬はその手首をつかまえるのだが、
「……って、あ、やばっ」
 不意にバランスを崩し、転倒。結構な勢いで床に打ちつけられたはずなのだが、思ったより痛みはない。凛華の体という柔らかなクッションがあったから。
「わ、わりぃ! 大丈夫…………ん?」
 這いつくばったままの体勢で謝る天馬だが、下にいる女が罵声を返してくることはなく。仰向けに寝そべった凛華は、薄らした谷間やそこからおへそに続く健康的なラインを隠すこともせず。半裸同然のまま微動だにしない。それは全てを受け入れている証拠。
 やるならやりなさいよ、という視線で串刺しにされる。
「勝手に抱かれるモードに入るなぁ!」
 お次は生気を失った目。ハイライトの消えた虚ろな瞳で凛華は遠くを見つめていた。
「天井のシミを数えるのも禁止!」
「……なに、悲鳴でも上げるのがお好み? はいはい『助けてママー』、これでいい?」
「ぼ、棒読みぃ」
「怖くなんかないわよ。体をいくら汚されても、心は……私の心は、麗良だけのものだから」

いかがであろうか。これが選考委員・荒木人美(電撃文庫編集長)をして《読んでいて嫌な登場人物が一人もおらず、特に主人公は「友達にいたらいいだろうな」という、読者との近さを感じさせるキャラで、著者のキャラクターメイキングの力量を感じ》たと言わしめた「読後感が爽やかな、完成度の高い青春ラブコメとやらの実態である。

また同じく選考委員の小原信治放送作家・脚本家)は《身近なジェンダー問題の入門書となり得る可能性も感じました。》と言うが、上掲のごとき侮蔑的な女性描写は「身近なジェンダー問題の入門書」どころかジェンダー問題」の事例そのものだ。元より「身近なジェンダー問題の入門書」KADOKAWAからも数多く出版されているのに、この手の下劣で醜悪なライトノベルを教科書代わりにするなど言語道断である。

お察しのとおり、この後【天馬】は【凛華】の誘惑を拒み、二人が肉体関係に至ることはない。だが、そうした展開も含めて「ラッキースケベ」という“お約束”を無批判になぞったまでのことである。

思えば前述の『琴崎さんがみてる』にも、ヒロインの清純さと対比させる形で、男性主人公に明け透けに肉体関係を迫る「ビッチ系ギャル」の女性キャラクターが登場した。こうした女性を「娼婦」と「聖女」に二極化するという「キャラクターメイキング」は、

まさしくレズビアンを含めた女性という存在自体を、そのじつ男性異性愛者の性欲に基づいて分断し“記号化・モノ化”する、女性蔑視の発露以外の何物でもない。

そのような【皇凛華】の「キャラクターメイキング」は、まさしくレズビアン差別》の根底に女性蔑視が横たわっている事実の、あまりにも見飽きた証左といえよう。

なお前述のとおり本作は出版に際して作者名を「神奈士郎」という男性名から「榛名千紘」という女性的な名称に変更しているが、仮に作者が女性であったところで女性蔑視(レズビアン蔑視)の表現が正当化されるわけではないことは言うまでもない。

もっとも下劣で醜悪なライトノベルを書き散らして金儲けすること自体に、とやかく言うつもりはない。そのようなものは、掃いて捨てるほどある。

問われるべきは、そのような異性愛至上主義の産物に「電撃大賞・金賞」という権威を与える一方で、

あたかも「百合」と称される女性の同性愛の表現が、それよりも本質的に劣ったものであるとの固定観念を無批判に追認した、荒木ら選考委員たちの社会的責任だ。

  • たとえば後に10巻以上も刊行されるロングセラーとなり、コミック化(なぜか作画者を変えて2度も)・アニメ化も果たした入間人間安達としまむら』は第13回の応募作品であるが、何の賞も与えられず敢えなく落選となっている。

じじつ『この△ラブコメは幸せになる義務がある。』は「百合」をテーマに選んでおきながら、

その中で「百合」すなわち【凛華】の【麗良】に対する感情を言い表す語彙といえば《親友同士が禁断の道へ踏み入ってしまう物語》《友情を遥かに逸脱した劣情》《よりにもよってこんなサブカル臭の強い趣味》《エキセントリックな趣味》などと、そのことごとくが百合カルチャーに対する無理解と蔑視に根差したものである。

ましてそのような「百合」に対する偏見・嫌悪を、作者・榛名千紘(神奈士郎)は“よりにもよって”百合作品の歴史的名作として知られる『神無月の巫女』のパロディという形で創作した。

それは電撃文庫KADOKAWA)がこれまで世に送り出してきた『神無月の巫女』を含む数々の百合作品の豊かな世界を、この一作をもって全否定するがごとき“暴挙”であり、

そのような作品の出版は、電撃文庫KADOKAWA)の歴史に残る汚点と言っても過言ではない。

(続く)