【補足】あるゲイ男性を「ペニスフェチ」呼ばわりする“クィア主義者”kazukazu(kazukazu881)の英語力についての「疑惑」
(2021年10月16日 追記)
前回の記事では、kazukazu(@kazukazu881)というクィア主義者のツイートを参照しながら、
生物学的性別の概念・定義から「性器(の形状)」を除外しようとする、クィア理論の詭弁術について検証した。
だが、その一連の議論には、じつはもう一つ別の論点が派生している(ただし後述の理由から反論の本筋には含めず、こうして『補足』として付記するに留める)。
* * *
そも、議論の大元となったkazukazuのツイートはこれだ。
この記事は「自分たちは同性/same sexに惹かれるのだと訴えたことで、ターフ、差別者」と呼ばれたものではなくて、「トランス女性は女性ではない」とペニスフェチのゲイ男性が主張する記事ですね。著者はフェミニストでもないので、確かに「ターフ」は間違った用語ですね。https://t.co/91coUJQ9dr
— kazukazu88 (@kazukazu881) 2021年5月14日
著者ははっきり、男性器が好きだ、だからトランス男性は受け付けないと言っていますね。個人の嗜好なのでそれはそれで良いとは思いますが、反トランスの部分はトランス女性やトランス男性の存在そのものを否定している部分ですね。とにかく、人に惹かれる時は性器こそが大事な人のようですね。 pic.twitter.com/ueB7TcmzYW
— kazukazu88 (@kazukazu881) 2021年5月14日
すなわちkazukazuは《男性器が好きだ、だからトランス男性は受け付けない》という【ゲイ男性】のセクシュアリティについて
《個人の嗜好なのでそれはそれで良いとは思います》とうわべだけの理解を示しつつも、
同時に「ペニスフェチ」などという侮蔑的な呼称を当てはめている。
このことに対するkazukazuの、まったく説得力のない弁明が以下だ。
実際に本人が相手が男性器があることが重要なゲイで、性器への愛着が自分のセクシュアリティの全てだと言っているからで、ここまで男性器を愛していれば「男性器フェチ」のゲイでしょ。違いますか?てか、男性器フェチが侮蔑的なのですか?
— kazukazu88 (@kazukazu881) 2021年5月15日
同性愛者だからペニスフェチと言ったわけでなく、性器が大事、セクシュアリティは性器中心と言って長々とエッセイを書くくらいの情熱のある人の性器愛は、同性愛や異性愛を問わず尊重すべきでは?
— kazukazu88 (@kazukazu881) 2021年5月15日
しかし、そもkazukazuが、わざわざ生物学的性別の概念・定義から「性器の形状」を除外するなどという不自然なレトリックを用いるのは、元を正せば
恋愛やSEXのパートナーを「性器の形状」にもとづいて選別することが《トランスジェンダー差別》であるというトランスジェンダリズムにもとづく主張である。
ゆえにそのことから、人間の性的嗜好を「性器のみ」と「それ以外」に二極化する排他的な二項対立の世界観が構築されている。
すなわちkazukazuは、当人の言に反して、恋愛やSEXのパートナーを「性器の形状」にもとづいて選別するというセクシュアリティをまったく“尊重”などしておらず、
ゆえにそうした文脈で用いられる「ペニスフェチ」という語彙も、必然して否定的・侮蔑的なニュアンスを帯びることになるのだ。
* * *
上掲したのはゲイ男性の事例であるが、言うまでもなくレズビアン女性もまた、トランス女性を性的対象に含めないことによって「まんこフェチ」「まんこ好き」あるいは「ペニス恐怖症」などといった侮蔑的な呼称を投げつけられている。
前回の記事と重複するが、この問題に関するkazukazuの見解を再度引用しておく。
ええ、もちろんでしょ。性器を重視しない同性愛者はいくらでもいるわけで。
— kazukazu88 (@kazukazu881) 2021年5月15日
しかしこれは、何の反論にもなっていない。裏を返せば【性器を重視する同性愛者】に関しては、やはり「性器フェチ」と呼ばれても仕方がないということになるからだ。
言い換えるならクィア理論とは「レズビアン」のありようについて
【トランス女性を性的対象に含める“政治的に正しい”レズビアン】と
【トランス女性を性的対象に含めない“政治的に間違った”レズビアン】に分断する。
だが、このようにして「レズビアン」のありようをクィア理論が定める「政治的正しさ」にもとづいて序列化すること自体が、
特定の「レズビアン」のセクシュアリティを特権化する一方で、それにそぐわない「レズビアン」を劣位に貶める《レズビアン差別》に他ならない。
あらためて確認するが、元より【トランス女性を性的対象に含めないレズビアン】は、なにも「トランス女性」を“嫌悪”しているわけではなく、
たんに「生物学的性別(を含めた複合的性別)」に基づいて性的対象を選別しているにすぎず、
その結果として「トランス女性」が除外されるというだけの話である。
しかし【女性を愛するレズビアン】が「トランス女性」を性的対象から除外するということ自体が気に食わないクィア主義者・トランス主義者にとっては、
そのような“結果論”すら受け容れることができず、
ゆえに【トランス女性を性的対象に含めないレズビアン】を「まんこフェチ」「まんこ好き」「ペニス恐怖症」などといった醜悪かつ下劣な語彙で異常視・悪魔化せずにはいられないのだ。
- 言うまでもないが、これはそのようなセクシュアリティを有する「レズビアン当事者」が、いち個人として自身のセクシュアリティをそれらの語彙で(主体的かつ肯定的に)言い表すこととはまったく別問題である。
- あるいは仮に、性器の形状が「女性」でありさえすれば容姿も年齢も体臭・口臭も問わないという人がいたなら「性器フェチ」と呼べるかもしれない。だが《性的対象の選別基準に「(性器を含めた)生物学的性別」を含めるセクシュアリティ》を議論する上で、そうした極端な「個別の事例」を一般化するのは不適切である。
だがレズビアンの女性に対して「まんこ」「ペニス」などといった性的な言葉を投げつけたり、
あまつさえ「あなたはペニスを愛するのか? ヴァギナを愛するのか?」などと当人のプライベートなセクシュアリティを第三者に向けて言明するように強迫するのは、
どのように言い繕ったところで「セクシュアル・ハラスメント(性的嫌がらせ)」以外の何物でもない。
そしてそのような「セクシュアル・ハラスメント」の試みを「政治的正しさ」の名の下に肯定・推奨するクィア理論およびトランスジェンダリズムとは、
まさしく「レズビアン」に対する性的加害を正当化する《レズビアン差別》の思想であると断言できる(むろん同じ理由で「ゲイ」に対する性的加害を正当化する《ゲイ差別》の思想と言い換えることも可能)。
* * *
あるいは「ペニスフェチ」という呼称について【トランス男性を性的対象に含めないゲイ男性】全般ではなく、
当該記事の【ゲイ男性】のみを指すぶんには妥当である、と解釈する人もいるかもしれない。
uncommongroundmedia.com上掲記事のタイトルを訳すと『いかにして私はトランス活動家からジェンダー・クリティカル(※ジェンダー懐疑論者。転じてトランスジェンダリズムに反対する人々を示す言葉の一つ)に転じたのか』となるけれど、
お断りしておくが、私の英語力では上掲の長い英文を読みこなすことは困難であるし、そのつもりもない。
ここで、kazukazuのツイートを再掲する。
著者ははっきり、男性器が好きだ、だからトランス男性は受け付けないと言っていますね。個人の嗜好なのでそれはそれで良いとは思いますが、反トランスの部分はトランス女性やトランス男性の存在そのものを否定している部分ですね。とにかく、人に惹かれる時は性器こそが大事な人のようですね。 pic.twitter.com/ueB7TcmzYW
— kazukazu88 (@kazukazu881) 2021年5月14日
Again and again I see sexuality reduced to a “genital preference”, with people saying that my insistence for male genitals is “exclusionary” to trans men, transphobic, and thus bigoted. Because they insist trans men are men, if I don’t accept them as such and overcome my “genital preference”, I am bigoted and need to consider accepting men regardless of their appearance.
しかし、kazukazu自身がスクリーンショットした上掲のパラグラフを読むかぎりでは、kazukazuが要約するように《性器への愛着が自分のセクシュアリティの全て》《性器が大事、セクシュアリティは性器中心》と言っているようには解釈できない。
むしろ上掲箇所は、ゲイ男性である著者自身の《トランス男性を性的対象に含めない》というセクシュアリティを「トランス排除(“exclusionary” to trans men)」と決めつけた上で「性器の好み("genital preference")」に還元(reduce)しようとする人々(=トランス主義者)に対する恐れを、皮肉と自嘲を込めて述べたものであろう(だからこそ「genital preference」「exclusionary」に「""」が付いている)。
<私訳 ※()内は翻訳者の解釈・補足>
私の男性器に関する主張が、トランス男性を“排除”しているだとか、トランス嫌悪であるとか、偏狭であると考える人々によって、何度も何度も私のセクシュアリティは「性器嗜好」に還元されてきた。
トランス男性をありのままに(性的対象として)受け入れず、「性器嗜好」を克服できず、またその偏狭さゆえにトランス男性を(性的対象として)想定することができない私に対して、そうした人々は《トランス男性は男性です》と強弁するのだ。
繰り返すが、私の英語力では上掲記事が「反トランス」と位置づけることができるものであるか、あるいはそれがまったくの誤読・濡れ衣であるのか、判断することはできない。
ただ、kazukazuが翻訳した箇所は、原文の最後の段落に該当する。最後の段落のみであれば、英語力のない人間であっても途中の文章を読まずに翻訳することは可能だ。
しかも、母国語であるはずの日本語で書かれた《「生物学的性別」は「性器のみ」によって規定されるわけではない(=「性器の形状」を含めて複合的・総体的に判断される)》という文章を、
《「性器の形状」は「生物学的性別」と“無関係(!?)”》と曲解するkazukazuに、
英語の長文を読み解く能力があるとは、私にはどうしても疑わしいのである……。